ウエハースザウルス

僕は考える。

ウエハースを食べるたびに考える。

何故、こんなにもボロボロとこぼれ落ちるのか、と。

 

一口かじって、欠片がポロリ。

咀嚼して、粉がふわり。

手にも、服にも、机の上にも、残骸が降り積もる。

食べれば食べるほど、ウエハースは僕の生活空間を蝕んでいくのだ。

 

折角の美味しいお菓子なのに、無様な散らかり具合を見て心がどんよりと曇ってしまう。

だから、最初は丁寧に食べ始める。

神経を研ぎ澄ませて、かじる。

でも、ポロリ。

どれだけ緩やかに食べたとしても。

ポロポロ、ポロリ。

結局、同じ結末を辿るだけだ。

 

そこで僕は考えた。

こぼしてしまっても良いんじゃないか、と。

 

ウエハースは旨い。

甘くて、サクサクで、濃厚で、旨い。

だが、それはそれとして、ウエハースは裏切り者だ。

文明にまぎれこんだ裏切り者だ。

そう。

ウエハースとは!

この高度に発展した時代にあるまじき、野生の食べ物だ。

それをこぼさず、上品に、綺麗に食べようだなんて!

そもそも前提からして間違っていた。

もっと、プリミティブに向き合う存在だったのだ!

と、僕は半狂乱状態で開き直ることにした。

 

ウエハースとは原始の野生だ。

向き合うためには自分もまた、原始の野生に帰る必要がある。

だからこそ、僕はウエハースを力強く手掴みし、勢いよくかじりついた。

 

ボロボロッと破片がこぼれ、粉が舞い散る。

それでも僕は気にしない。

人としての理性をかなぐり捨てて、欲望任せに貪り喰う。

無遠慮に、無頓着に、無秩序に。

原始の時代、大地を踏みならして暴虐の限りを尽くした恐竜の如く。

衝動に突き動かされるまま。

さながら僕はウエハースザウルスだ。

 

一心不乱にウエハースを食べた後、周囲はいつも以上に荒れ果てていた。

しかし、僕の頬は自然と緩んでいた。

粉まみれの指先をギュッと握り締め、ガッツポーズを取る。

後片付けは面倒くさいけれど、気分は爽快だ。

いつも平穏を乱すウエハースを思うがままに蹂躙してやったのだから。

 

そうか、と僕は気づいた。

ウエハースを食べるたびに〝考える〟ことが間違いだったのだ。

ウエハースを食べる時は何も考えないことこそが正解だったのだ。

朝バナ

朝ごはんにバナナを食べるようになった。

 

朝に弱い僕にとってバナナは救世主だ。

なんといっても食べるのが楽だ。

皮を剥いてパクり。

それだけ。

たったそれだけで旨い。

しかも身体に良いらしい。

 

調理も食器も何もいらない。

ある意味、文明の利器よりも遥かに便利だ。

ズボラなおっさんに優しく手を差し伸べる救世主そのものだ。

 

朝の気怠さを穏やかに癒やしてくれる心強さ。

気楽に食べられるインスタントさ。

皮を剥く時のおもちゃっぽい楽しさ。

ねちょっとした牧歌的な甘さ。

そして、何よりも健康に良いらしい、という説得力。

 

自堕落な生活を続けるおっさんにとって、こんな簡単に食べられて、美味しくて、健康に良い食べ物はありがたい限りだ。

 

脳みそがまだ夢の中でたゆたっている朝、バナナの甘さにとろけていると、身体の奥にエネルギーがじんわりと灯っていく気がする。

いきなりシャキッと元気充填! ではない。

ゆっくり、じっくり、まったりと全身に力が漲っていく。

この派手すぎない緩いパワーが良い。

 

なんてポジティブシンキングと共に僕はバナナを一本食べ、そっと立ち上がった。

うん。

今日も良い朝だ。

激辛おじさんはミルメコレオ

辛いものを食べるたびに老いを感じるようになった。

 

若い頃は激辛ラーメンもカレーも余裕だった。

むしろ、「辛いほど旨い!」なんて豪語しながら汗だくで貪っていた。

しかし、年を重ねるにつれ胃腸が悲鳴を上げるようになった。

 

食べている間は最高に美味しいのに、数時間後に地獄の審判が下されるのだ。

激辛はまるで悪魔との契約。

燃え上がるような旨さの代償に僕のおなかはインフェルノ。

食後はトイレで後悔するばかりだ。

 

そんなマヌケな自分を俯瞰すると、ミルメコレオという怪物が頭を過った。

上半身はライオンなのに、下半身はアリという悲劇的な矛盾を抱えた怪物だ。

気持ちだけは一丁前にライオンで「激辛好き!」と吠えているくせに、内臓はアリのように貧弱で激辛の刺激に耐えられない。

今の僕はミルメコレオそのものだ。

獰猛な食欲に対し、脆弱な内臓。

実に情けない。

 

それでも、辛いものをついつい食べてしまう。

後悔するとわかっているのに激辛に手を伸ばしてしまうのだ。

老いた自分はライオンではなく、ミルメコレオだと理解していながらも。

刺激の向こうにある旨味と多幸感を求めて、激辛おじさんは今日も今日とて吠え滾る。

チョコレートラスクが秒で溶けた

真夜中に小腹が空いたのでお菓子の棚をごそごそと漁っていると、見知らぬ新参者を発見した。

チョコレートラスク。

そういえば以前、コンビニで買っておいたんだった。

すっかり忘れていた宝物を見つけたようなルンルン気分で、僕はチョコレートラスクを手に取った。

 

今夜のお供はキミで決まりだ。

ちょっとずつ食べながら、パソコン作業をするとしよう。

 

ぺりぺり、と小気味よい音をたてて開封した瞬間、見聞色の覇気さながらに僕の脳髄は敗北の気配を察知した。

甘ったるいチョコの香りが鼻孔を暴力的にくすぐり、脳細胞のひとつひとつを糖分で蹂躙していく。

ああ……。

匂いだけで果ててしまいそうだ。

 

と、甘美な恍惚に浸りながら、チョコレートラスクのひとかけらを口に放り込んだ。

 

ザクッ、ザクッ。

とろり。

ふわわぁ~。

 

そんな三段階の幸福の波状攻撃により、僕の理性はフルボッコ。

ラスクの軽さとチョコの濃厚さが手を取り合い、最上級のコンビネーションで攻め立ててくる。

過剰なほどの甘さが脳天に直撃し、次第に意識は朦朧となっていった。

 

ちょっとずつ食べよう、なんて浅はかな思考は瞬殺だった。

パソコン作業なんて手につくはずがない。

今の僕は無我夢中になってチョコレートラスクを貪るだけの化け物だ。

 

気づけば袋の中は空っぽになっていた。

ついさっき食べ始めたばかりだというのに。

僕の理性と共に、チョコレートラスクが秒で溶けた。

シャンクスに倒されたキッドの如く、僕のチョコレートラスクは一瞬で消えてしまったのだ。

 

もう少しゆっくり食べて、しっかりと味わえば良かったな、と後悔を噛み締める。

でも、まぁ、いいか。

美味しいものは秒で消えてこそ美しいのかもしれない。

なんて甘ったるいポエムのようなことを考えながら、僕は空っぽの袋をくしゃくしゃに潰した。

うどんに身を委ねる

今日は絶不調で仕事がどうにも上手くいかなかった。

やる気だけはあったのに……むしろ、やる気があったからこそなのか、空回りするだけで結局なにもできなかった。

物の見事に成果ゼロ。

これならいっそ、サボって休んだ方がマシだったんじゃないか、と自嘲してしまうほどに。

罪悪感と焦燥感だけがマーブル状に混ざり合っていく。

そんな一日だった。

 

はぁ。

夕方になっても気分は晴れることなく、ため息が漏れるばかり。

ぐぅ。

……それでも腹は減る。

 

いつまでも憂鬱に浸っていてもしょうがないので、なんとなく目に付いた定食屋に足を運び、メニュー表を手に取った。

お。

うどんあるじゃん。

心の奥底で小さな光が灯るのを感じ、僕は少し上ずった声色で天ぷらうどんを注文した。

 

少しして運ばれてきた天ぷらうどんを見て、僕の心は年甲斐もなく弾んでいた。

えびの天ぷらが大きい!

その喜び一つで先程までの憂鬱が一回りほど小さく萎んでいった。

 

まずは汁を一口、ごくり。

ああっ……! 

心地良い温もりが食道を通って胃袋までぽかぽかと満たしてくれる。

寒空の下、露天風呂に浸かったかのような気持ち良さと開放感だ。

 

お次はえびの天ぷらを一囓り、ざくっ!

うどんを押しのけて丼の上で主役面をしているのは伊達ではなかった。

サックサクの衣。

むっちむちのえび。

これぞ天ぷら、とでも言うべき王道の美味しさだ。

汁を吸って次第にふやけていき、もろもろに崩れた衣もまた旨い。

この変化を楽しめることが天ぷらうどんの醍醐味と言っても過言ではないだろう。

 

などと一人で悦に浸りながら、真の主役であるうどんをずるずると啜った。

ああ。

優しい味だ。

くたびれた心にそっと寄り添って柔らかく包み込んでくれる。

そんな牧歌的な優しい味だ。

懐かしささえ感じるほどに。

優しくて美味しい。

夕飯をうどんにして正解だった。

 

仕事で成果を出した日はご褒美としてパーッとラーメンを食べるのが良い。

華やかで、勢いがあって、脂にまみれて、達成感を祝うのにぴったりだ。

でも、ダメだった日にラーメンはいささかバイオレンスだ。

だからこそ、うどんだ。

どうにも上手くいかなかった憂鬱な日はうどんに身を委ねるのが一番だ。

牧歌的な優しさにどっぷりと浸かり、ネガティブな感情をさらりと洗い流してもらう。

これなんよ。

 

ふぅ。

空っぽになった丼とぽっこり膨らんだおなかを見下ろし、僕はやんわりと口角を緩めた。

ごちそうさま。

うどんを美味しく食べられたおかげで、ダメだった今日の意味ができた気がする。

 

よし。

明日も踏ん張ろう。

ダメだったらまた、うどんに身を委ねればいいんだから。

白湯で雪ぐ

どうにもこうにも疲れがとれない。

慢性的な疲労が体の奥底にこびりついているみたいだ。

寝ても取れず、甘い物を食べても誤魔化せず、エナドリの効き目も悪く、シャワーを浴びてもスッキリしない。

 

ベホマと言わずベホイミ……いや、もうホイミでも良いから使いたい。

そんな願望だけがトボトボと募っていく。

MPも枯渇していて、ホイミすらも使えない気もするが。

 

寒い朝はベッドからもぞもぞと這い出て、寝ぼけまなこで部屋をフラつく。

冷水で洗顔と歯磨きをすれば目は覚めるけれど、疲れだけはしぶとく残っている。

起きたばかりなのにヘロヘロなのはこれいかに。

……と、いつまでもネガティブ思考をオーバードライブしていてもしょうがない。

 

とりあえずパソコンの電源を入れ、ケトルのスイッチを押した。

お湯が沸く音をBGMにして、特に目的もなくSNSを半目でぼんやりと眺めていく。

ネット越しに垣間見える世界は今日も今日とてサイケデリックに騒々しい。

なのに僕の体は未だに鈍く、だらけている。

 

こういう朝はコーヒーの気分ではない。

紅茶とも違う。

ほうじ茶も見送りだ。

 

このままで良い。

 

そんな堕落的な諦観と共に、紙コップにお湯を注いだ。

ほかほかと湯気が上る紙コップを両手でそっと駆け込み、人工的な温もりを肌で感じた。

そして、一口すする。

当然、なんの味もしない。

カフェインの刺激も、カテキンの優しさも、なんもない。

まっさらな白湯。

今の僕にはこれが丁度良い塩梅だ。

 

胃の中がじんわりと暖まって、そこからゆっくりと熱が広がっていく。

体の内側にこびりついていた疲労がほんの少しだけ、ふやけて剥がれ落ちていく。

覚醒でも変革でもない、微々たる変動。

言うなれば、ホイミ。

全回復には程遠い、可愛らしいくらいにちょっぴりの回復量。

 

全然疲れは取れないけれど、なんとなくリフレッシュできた気がした。

きっと、白湯が僕の心を雪いでくれたのだろう。

 

……なんて気休めか。

 

さて、今日も今日とて踏ん張るとしますか。

ブログを書く隙間

メインの仕事が大詰めで、てんやわんやな日々が続いている。

四六時中フル稼働というわけではないが、適度な休む時間を算出すると、どうにもこうにもブログを書く暇が見つからない。

書きたいのに、気持ちの余裕がないのだ。

 

それでも、ふとした瞬間にブログのテーマやタイトルだけは浮かんでくる。

湯船で放つおならのように、ぽこぽこと浮かんでは弾けていく。

その度に、Googlekeepのメモが増える。

後で見たらなんのこっちゃわからない、乱雑で不可思議なワードが散りばめられたメモだけが積み重なっている。

気づけば書けていない記事のタネばかりが山盛りだ。

 

二月……いや、三月になったら少しは落ち着くはず。

そう自分に言い訳しながらも、何故か僕は今ブログを書いている。

目の前の大仕事から目を逸らし、ほんのちょっぴりの現実逃避に身を委ねて、キーボードを叩いている。

 

とりとめも無い、どうでもいい、駄文を書き綴っている。

何の発展性も、生産性も、オチすらもない文字の塊。

それでも書きたい。

それだけでも書きたい、という衝動が僕の指先を奔らせているのだ。

 

自堕落で自由気ままに書くこのブログは僕の憩いの場だ。

人生の隙間と言っても良い。

だからこそ、てんやわんやな日々のほんの少しの隙間を見つけて、衝動的に書いている今が一番ブログをやっている実感が湧いている。

 

文章を書き綴るのは楽しい。

些細な出来事や感情をまとめるのは気持ちが良い。

たとえ、こんな衝動的なテーマであったとしても。

 

ああ。

今、僕はブログを書いている。

その実感こそが、日常に溺れそうになった僕に新鮮な酸素を与えてくれるのだ。

僕はもう、てんどんまんには成れない

今夜はハヤシライスにしよう。

と、棚を漁っていたらアンパンマンのレトルトのヤツを発見した。

小さなパウチが二つセットになっていて、温めなくてもごはんにそのままかけて食べられる優れものだ。

これが妙に旨い。

しかも、オマケのシール付き!

 

はてさて、今回のシールは何かなー。

……と、別にコレクターでもないのにテンションが上がってしまう。

いくつになってもオマケ付きはワクワクと心が躍る。

 

そして、顔を出したのはカツドンマンだった。

 

あ。

 

懐かしい。

 

カツドンマンの顔を見た瞬間、遠い遠い遙か昔の記憶が朧気に蘇った。

子供の頃……まだ自我がほとんどなく、極めて無垢だった頃の思い出だ。

 

あの頃、僕はカツドンマン――ではなく、その仲間のてんどんまんが大好きだった。

 

そう。

確か……てんてん……どん……どん。

ぼんやりとした記憶を手繰り寄せながら、僕は脳の奥から湧き上がる歌詞を口ずさんだ。

 

てんどんまんの歌。

 

てんてんどんどん。

てんどんどん。

 

両手に箸を一本ずつ持ち、特徴的なリズムで明るく歌う。

そんなてんどんまんに憧れて、あの頃の僕は意味もわからず踊っていた。

 

てんてんどんどん。

てんどんどん。

 

もはや、踊り狂っていた。

 

そんな僕を穏やかな目で見守ってくれた家族のことを連鎖的に思い出し、目の奥がカッと熱くなった。

ノスタルジーを越えた、イノセントな記憶。

もう二度とは戻らない光景。

まるで夢みたいに。

 

ああ。

懐かしい。

懐かしすぎて自然と頬が綻んでしまう。

自分でも恥ずかしいくらいに。

優しい感情が芽吹いている。

 

……。

 

どれ、久しぶりに踊ってみるか。

あの軽快なリズムに乗せて。

と、思わず立ち上がりかけたところで、僕は我に返った。

 

一人暮らしとはいえ、この年でてんどんまんに成り切るのは流石に気が引ける。

あの頃の無垢な感情は今の僕には残っていない。

 

僕はもう、てんどんまんには成れない。

 

ただのおっさんだ。

そんな当たり前のことを改めて痛感し、僕は情けなく唇を歪ませた。

 

てんどんまんにだって成れた思い出をなぞりながら、おっさんになった僕は一人、アンパンマンのハヤシライスをもそもそと食べた。

トマトの甘い香りと朗らかな味がくたびれた心を慰めてくれているような気がした。

メロンパンにはカロリーが存在しないことにしませんか

小腹が空いたが夕ご飯にはまだ早い、微妙な時間。

このまま我慢すれば良いだけの話なのだが……。

なんか食べたい。

という不定形の衝動が理性を踏み躙り、僕は曖昧な欲望を抱えたままコンビニに向かった。

 

ぼんやりと店内をうろついていると、メロンパンが視界に飛び込んできた。

手のひらよりでっかい存在感。

しかも、表面の半分近くがチョコレートでコーティングされている悪魔的な仕様。

ハチャメチャに美味しそうだ。

 

この前、ハンチョウのメロンパンを食べる回を読み返したなー、と考えていると喉から情けない音が鳴った。

考えるよりも早くに手が伸び、気づけば無人レジで会計をパパッと済ませていた。

 

そして、一目散に家へ帰り、手洗いうがいをキチンと済ませた。

あとは、メロンパンを思う存分貪るだけだ!

と、勢いよく袋を開けると、甘い香りが鼻孔を優しくくすぐってくれた。

Happiness

 

外側はサックサク。

内側はふっわふわ。

メロンの風味にチョコの甘さがベストマッチ!

多幸感とはこのことか、と次から次へと甘みが押し寄せてくる!

これぞ、糖分の化身。

背徳の塊。

人の業そのものだ!

 

主食にしたいレベルで旨い。

 

そうして一心不乱にメロンパンを貪った後、ふと袋の裏面のカロリー表示が目に入った。

見なければいいものを……と思ったが、すでに手遅れだった。

目玉が飛び出るほどの高カロリー。

いや、いやいや。

こんなに甘くて美味しいのだから、高カロリーなのは当たり前だ。

むしろ、これほどまでに人を幸せにしてくれる食べ物にカロリーなんて概念を持ち込み、あーだのこーだの悲観する方が野暮ってもんだ。

 

うん。

 

そうだ。

 

ここはいっそ、メロンパンにはカロリーが存在しないことにしませんか。

 

……なんて、アホみたいな主張をしたところで血糖値スパイク。

糖分過多で身も心も満たされて、ほどよい眠気と共にターンエンドだ。

おでんをおかずに米を食う

今日のお夕飯はおでんだ。

大根、こんにゃく、ちくわ、鶏肉、はんぺん……ここまでは定番のスーパースター勢揃い。だが、今日は一味違うトリックスターが参戦していた。

ゴテゴテとしたおでんの具の中で異彩を放つ、黄色い柔肌。

 

卵焼きだ。

 

厚めに切られた卵焼きはおでんの汁をたっぷりと吸って、ぷくぷくと膨らんでいる。

実に、セクシーだ。

 

そして、傍らには我が人生の永遠の相棒――白米がお茶碗に大盛りでドン!

 

そう、今夜はおでんをおかずに米を食う、というわけだ。

 

まずは大根にそっと箸を伸ばす。

ホロホロになった大根を容易く崩し、ゆっくりと、それでいて手早く、ごはんの上に1バウンド! 

更に、1バウンド!

オマケに、1バウンド! 

艶やかな米粒がおでんの汁に染まったのを見届けてから、一気に大根を口の中にイン!

 

口内にじゅわっと弾ける旨味!

続け様にごはんを書き込むと、口の中で広がる大根とごはんのコラボレーション!

大根と米!

畑育ちと田んぼ育ちが合わないわけがない!

農耕民族万歳!

 

と、ハイテンションで大根を味わい尽くした後、僕はキンキンに冷えた水で口の中を爽やかに潤した。

ふぅ、と一息ついて、次に箸を伸ばしたのは卵焼きだった。

一目見た時から確信していた。

今夜の主役は卵焼きになるだろう、と。

 

そうして意気揚々と卵焼きを口に運び、軽く甘噛みした瞬間!

僕の味覚はてんやわんや、お祭り騒ぎの有頂天に到達した。

卵の甘みに加えて、おでんの汁が弾けて混ざる。

そう!

卵焼きがスポンジのように吸収していたおでんのダシが一気呵成に炸裂したのだ!

普段食べる卵焼きとはまた別の魅力……お前こんな顔もできたのか!? と驚くばかり。

 

無論。

白米との相性は言うまでもなく、抜群だ!

 

やはり、僕の見立ては間違っていなかった。

……いや、ある意味間違っていたのかもしれない。

2杯目のごはんをお茶碗によそいながら、僕は小刻みに何度も頷いた。

おでんの卵焼きの美味しさは見立て以上だった。

今夜の千両役者だ。

 

また明日もおでんを食べよう。

現在進行形でおでんをモリモリ食べながら、そう思うのであった。